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北欧留学記ーフィンランド・ヘルシンキ大学ー

フィンランド、ヘルシンキ大学での留学生活について綴ります。

留学は効率の悪いサービスに過ぎないのか。

こんにちは! moi!

 

3月と言えどもまだまだ冬を感じるヘルシンキですが

 

ピリオド3を終えたあたりで年始から謎に始まった病み期を無事抜けて通常運転を開始しております。

 

さてさてそんなこんなな三月ももうおわりそうですが、

 

先日インターネットの大海原で世界一無駄な時間を過ごしていましたところ、「留学なんて高くて効率が悪いサービスに過ぎない。留学する前にもっとやることがあるだろう。」

 

という主張とばったりでくわしまして、ついつい考え込んでしまいました。

 

人間というのは基本的に自分のした経験をついつい特別視してしまう生き物だと思うので(だからこうしてブログを書いているという側面もあるわけで)、基本的には僕の耳には留学してこんなに良いことがあったよ!みたいな意見しか入ってこないのですが、だからといって留学していない人全員が損してるとか、そんなことは言えないわけで

 

そうすると留学する意味ってなんなんだろうなーというちょっとおっきな疑問に繋がってしまうようなしないような。

 

 

 

 

でそんなこんなでいろいろと考えていたんですが、これ結論からいうとやっぱり留学って効率の面からいってもそのほか色んな面から考えても比較的質の高い経験だと思うのです。

 

留学をあまり意味のない、もしくはもっと他にやることがあるという意見は実は出発前にも何回かでくわしたことがあって、僕自身も留学にアプライする直前は未解決のまま頭の片隅に留めておいた疑問でもあります。

 

 

例えば、昨年公開された映画で『何者』という映画がありました。朝井リョウが原作を書いていて、彼はこの作品で直木賞取ってますね。

 

もちろん僕は映画は見れてないので原作を読んだだけなんですけどそれはいいとして、物語の中に「アメリカに留学した経験まである『のに』就活でまったく内定が取れない」という設定の女の子が登場します。(彼女は留学のほかにもボランティアとか色々やってたりして、そこまで留学が強調されているわけではないんですけど。)映画では二階堂ふみが演じてましたね!

 

で、こうした留学経験者を陥れるような言説ってそんなに珍しいことではなくって、「発音『だけ』がいい」とか「スラングしかしらないで中身がない」とか、「すぐアメリカでは、、とかいうけど受け売りで日本のことは何も知らない」とかそういう風潮は意地悪くアンテナ立ててれば結構簡単に出会えたりしてしまうはずです。

 

また、今はインターネットを使って日本国内だけでも十分多種多様な経験ができるはずですし、その中には国際交流とか英会話とかそういった海外留学エージェントが一番売りにしていそうな要素も十分含まれてしまうわけです。

 

確かに留学なんてするまでもなくネットを駆使すれば海外の有名大学の講義が聞け、ネイティブから無料で英語を添削してもらって、今はやりの出会い系アプリとか使えば同じ大学の留学生という枠を超えて様々なバックグラウンドをもった人と「国際交流」が出来ます。

 

確かにどれも現地にいって云々するよりも少し質は劣りますが金銭を含め留学に係るコストを考えると国内でできる経験で十分なのではないか、留学したいという気持ちはあるが実際に行動に移すほどの魅力はないのではないかと思うのにも頷けます。

 

実際にもっと安くて手間がかからず同等の経験が出来る選択肢はいくらでもあるのかもしれません。

 

将来のキャリア選択によっては文字通り留学するよりも他にやるべきことがたくさんあるのかもしれません。

 

かたや留学生を見てみろ。留学という言葉の大きさにかまけてたいして授業にもでず遊んでばかりじゃないか。日本人と固まって小旅行を重ねてるだけじゃないか。英語が喋れるといったってawesomeとcoolがかっこよく発音できるようになっただけじゃないか、という声が聞こえないこともないです。

 

まあ、身をもってその通りかもなーと思わないこともないです。

 

恥ずかしながら告白すると、僕は夢に向かって全速力!イチロー本田型人間、ではないので、部屋でYOUTUBEをだらだら見ながらわざわざ留学してるのに今の俺はなにしてるんだろーな、、、なんて瞬間は何度もありました。特にテスト前。

 

日本の大学の授業を最前列で受けてる友人とか、巨大サークルのトップで奮闘している友人が思い浮かんでは何とも言えない無意味な焦燥感に何度も襲われました。

 

 

・・・ただですよ、

 

ただ、

 

問題は「果たして日本にいたところで自分は今と同等もしくはそれ以上の経験をしているだろうか」というところにあると思います。

 

いやしてるっしょ。

 

と思う人は、、以下省略。

 

僕自身は大学入学してから過ごした二年半とここで過ごした半年ちょいを振り返ってみて、まあそれはないかな、と思ってしまいます。

 

僕の超個人的なカテゴライズに寄れば、基本的に大学生は「ほっといても人生切り開いていく系」「惜しい系」「もう無理系」に分けられるのではないかと思っています。きっとどこかでそういう記事を読んだのでしょう。

 

もしそうだとしたらきっとマジョリティは「惜しい系」の人たちでしょう。

 

惜しい系の人たちのどこが惜しいかっていうと、彼らはとりあえずぼんやりとこういうことをしてみたいなーとか、自分を変えてみたいなーとか、そういう人生の原動力の種を持っていて、それに基づいて色んなことをしてみたりしなかったりしながらそれでもなんとなくたのしいからいいかとか面倒だからいいかといい塩梅で折り合いをつけて日々を過ごしているわけです。

 

正直この世の中の一体誰がそんなことを考えているのか皆目検討もつきませんが、実体験に基づいてとりあえずそう書いてみました。

 

確かに頭で考える分には留学に変わる選択肢はいくらでも思いつくのですが、問題なのはそれらの選択肢は同時に多くの言い訳と逃げ道を残してしまうことも事実です。

 

なにせ僕らは惜しい大学生なので、最終的にどういう結果に落ち着いてしまうかは想像に難くありません。

 

もちろんちょっと前までただのぐうたらだった人が留学したとたん人が変わったように猛烈勉強マシーンになるなんて都合のいいことはそうそう起こりないかもしれません。自分を変えるなんてそうそう簡単なことではありません。

 

しかし考えてみたいのは

 

仮に留学しなかったとして大学生活半分を終えなんとなく流れもつかんできた僕が新しく何を始めようというのか、という問題。

 

はたして二階堂ふみはアメリカに留学しなかったとして日本で何をしていただろうか問題。

 

結局人は変わらないなら、留学先で家にこもってYouTube見てる人はどうせ日本にいても家にこもってYouTubeみてるのが関の山ではないのでしょうか。

 

留学しても勉強せずに遊びほうけてる人は日本にいても勉強せずに遊びほうけているだけではないでしょうか。

 

そりゃあフランス語をもう一年やってみようとか、興味のある一般教養をとってみようとか、TOEICで満点取ってみようとか、大小野望は色々ありましたが、まあ何かしてるとしても基本的には過去数年間過ごしてきた大学生活を引き継いだ日々を送っていたと思います。

 

留学しても大して意味がないという人たちの意見は往々にしてあたかも日本にいれば彼らはもっと意味深い経験ができるような表現をしますが、可能性として出来たとして、本当にそれ、しますか?

 

おそらくしないと思うんですよね。

 

 

留学することの良さの一つには、流れの速さと不可抗力があると思います。

 

出来事としても精神的にも、なんていうかもうどうしようもないことに留学中はかなり出くわしやすと思っていて、とりあえず来てしまえば最悪超受け身でも日本でそのまま超受け身であるよりははるかに得るものが大きいと思うのです。

 

そういう意味で、すごく効率がいい。

 

いや、もちろん国内にも様々なプログラムや経験の場が沢山あるとは思います。

 

でも留学ほど多方面から包括的に万遍なく刺激を受けることができる場ってそんなにないと思います。なにせ留学は生活そのものが経験の場となってしまうのだから。

 

自分の人生自分で切り開くぜ!なんて思っている人は別にいいんですけど、なんかぼんやりとした不安とかもやもやとか不満とかそういうの抱えてる人ほどとりあえずトビタッテみてはどうかと。

 

もちろん様々な制約で「行きたくてもいけない」人もたくさんいると思います。でもそうじゃない人もそれなりにいるのかもしれない。

 

もうこう言ってしまうと説得力も何もないのですが、留学に一ミリでも興味があって日本で特に没頭していることがあるわけでもなく、正直行かない理由はいけない理由ではないかもしれないと頭の片隅で思っている、、、

 

これだけの条件がそろえばもう行くしかない。とりあえずアプライだけでもしてみるしかない。

 

僕はそう思っています。

 

なんともひねくれた視点だなあとも思いますが真面目に、何かかっこたる目標を持ってない人、持ってみたいけど持ててない人、そんな人ほどぱっと留学してみて見えてくるものが多いのではないかと思います。

 

色々と厚かましいことを申し上げました。..

 

 

それでは。moi moi!