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北欧留学記ーフィンランド・ヘルシンキ大学ー

フィンランド、ヘルシンキ大学での留学生活について綴ります。

欧米式の授業にしたら絶対手あげて質問するんだな?絶対だな?という話

こんにちは。moi!

 

ようやく授業が始まって参りました!

 

今までは、、

 

クラブだー

 

とか

 

パーティーだ―

 

とか

 

そんな感じで異文化感じつつ挙動不審な毎日を過ごしていたのですが、やっと授業が始まって、「そうそう。これをしにわざわざこんな遠くまで来たんだった!」と、不思議な安心感を抱いております。

 

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ヘルシンキ大学行動科学部キャンパス。超かっこいい。

 

 

とはいえ、全ての授業がオールイングリッシュ。もちろん課題もオールイングリッシュ。今までなるべく定期的に英語に触れるようにしてきたとはいえ、明らかにテンパってます。ちょっとそこのとこの議論もう一回お願い!初めから!みたいな。

 

そんなこんなで今回は、まだ全ての授業が始まったわけではないのですが、ヘルシンキ大学での授業を通して大学の授業スタイルについて思ったことについて書こうと思います。

 

 

「先生と生徒の距離が近い」

 

「授業中みんな手を挙げて自分の意見を言う」

 

これらの言葉は欧米に留学した人が授業を受けた感想として、もっともあげられるものの一つだと思います。僕もそういう話を今まで沢山聞いてきました。

 

・・・そして今。

 

全く同じ感想を持っています。

 

「これが例のあれかー」という感じでしきりに感心しているところです。

 

 

・先生と生徒の関係性について

 

先生と生徒の関係性は「対等」で、お互いをファーストネームで呼び合います。オリエンテーションの時に「ドイツや日本など一部の国では先生と生徒が非常にstrictな関係性を持つと聞いていますが、フィンランドではとてもrelaxingな国です。相手がだれであれ、ファーストネームで呼んで構いません」といった説明を受けました。(この翻訳ももしかしたら、もっとフランクに「かまわないよ!」くらいで訳した方が適切なのかもしれません。)

 

次の話と被りますが、生徒が先生の話に突っ込みを入れたり、追加情報をつけたしたりなんてことはわりとよくあり、お互い対等な空間でそれぞれの目的を果たすために(先生や生徒という)自分の役割をまっとうしている、というのが僕の印象です。

 

・授業スタイルについて

 

授業には色々種類があって、

 book exam(課題図書を読んでテスト一発)

 lecture(所謂講義形式)

 course(上二つとgroup presentaion、essayを組み合わせたもの)

 seminor(日本でいうゼミ形式)

                               などがあります。

 

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↑教室の種類も様々で、一枚目のようなオープンスペースで授業をすることも。二枚目は主にセミナールームですね。スタンダードなレクチャルームの写真はないのですが、まあ普通の教室です。

 

 授業中は多くの先生がopennessやinteractionに非常に気を使っているように思えます。普通の講義形式であったとしても、ことあるごとに質問やコメントを募集する時間が設けられ、生徒も生徒でそれにこたえるようにして、積極的に質問や意見が飛び交い、時には先生を抜きにして生徒同士の議論にまで発展することもしばしば。卑しき感想を述べさせていただきますと、

 

「すげー欧米っぽい」

 

 

と、まあそんな感じです。

 

 

授業に活気があって、非常にダイナミックで、素晴らしい!!日本でもこういう授業もっとあってほしい!!

 

 

・・・と終わってもいいのですが、なんだかそれで終わるのも物足りないので、個人的な意見を少し付け加えさせてください。(大学の授業について今どういう議論が起こっているのかについてはあまり詳しくないので、本当に個人的な意見です。しかも一面的。これぞブログ。。。)

 

 

「ぶっちゃけ8割は生徒の問題・・?」

 

 確かに先生のファシリテーションの力は大きいと思います。でも実際に動くのはどの場面を切り取っても生徒なんですよね。

 

こう思ったのもあるきっかけがあって

 

単純なことなんですが、ほとんどの授業はめっちゃアクティブなんですけどある一つの授業だけは全然盛り上がってない。全然手が上がらない。

 

なんでだろうなんて考えていたら(考えてる前にお前がなんか言えよ)、ようやく一人コメントする学生が出現。

 

その彼は前の授業でも一番発言量の多かった学生でした。

 

もちろん授業そのものに原因を見出すことも出来ないことはなさそうな気はするのですが、結局最後は生徒が動くんだなーなんて思ってしまいました。

 

日本の授業はつまらないなんて話は結構よく聞く話なのかもしれませんし、僕もそういう感じのことを過去にしたり顔でいったことがあるようなさむーい記憶がありますが、そんな僕はゼミ以外で授業中に手を挙げて先生に質問をしたことはありません。授業後にしたこともほとんどないです。

 

ほんとにこれは想像ですけど、実際に授業中質問したら「だまらっしゃい!」なんて言ってくる先生はあまりいないのではないでしょうか。

 

はたして大学の授業において先生の果たす役割と生徒の果たす役割はどちらのほうが大きいのでしょう。

 

確かにどの授業も過半数は学歴のためだけ、単位のためだけに受けている生徒ばかりなのかもしれません。僕も全く興味がないのに楽単だというので朝鮮文化に関する授業をぽけぽけと聞いていて単位を落としました。

 

でも絶対数人はいるじゃないですか。面白いな、もっと知りたいな、って思っている学生。

 

自覚がないだけで、もしかしたらその授業に少しでも興味を持ってしまった瞬間から、その授業をどれだけ質の高いものにするかの責任が自然発生しているのかも。

 

せっせこせっせこ手を挙げてるクラスメートを見てそう思いました。

 

僕らは一体何のために大学に通ってるんでしょうね。というかそもそも大学ってどういう存在なんでしょうね。

 

 

 

p.s.

もし本当に授業の本質が「先生が作った授業を生徒が受け取る」のでなく、「リアルタイムで先生と生徒が授業を作り上げていく」ものだったとして、そのこと自体を生徒に「教え」なきゃいけないとしたら、大学の先生って大変ですね。